蓮實重彦の「反=日本語論」を読んだ。30年前の著作で、ポスト構造主義の思潮を踏まえた著者の反「制度」的批評の走りの文章だ。フランス人の奥さん、フランス語と日本語を話すバイリンガルの子息、という家族環境の中で遭遇する言葉をめぐる齟齬と驚きの体験が、言語(国語)という「制度」をあぶり出す。私たちが自明とする言葉は実は充分制度化され強いられたもので、別の制度から見れば奇異なものだ。しかし、奇異と感じること自体が実は制度化された思考に毒されている。反=**とはこのような制度を相対化する思考を指している。もちろん、この「制度」は「構造」と言ってもいい訳だ。それにしても、西欧の「制度」を論じる蓮實さんの論に、江藤淳の「アメリカと私」と共通する嘆きを感じる。そこが、蓮實さんのフランス体験の核にあるものかも知れない。

「反=日本語論」 http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480020437/